#1301 アメリカ人は本当に不器用か?
#1301 アメリカ人は本当に不器用か?
DKNリサーチニュースレター
#1301、2013年1月13日(日本語版)
(エレクトロニクス実装の最新海外情報)
(DKNリサーチホームページ: http://www.dknresearchllc.com )
今週の話題
アメリカ人は本当に不器用か?
ことはエレクトロニクス製品に限りませんが、何かを生産するに際して、一般的な日本人の頭の中には、「物造りは器用な日本人のお家芸」、「不器用なアメリカ人は製造業には向いていない」というような認識が固定されているのではないでしょうか。日本のメディアも、「日本の特技である物造りを活かした、、、」というような論調がよく見受けられます。しかしながら、このような認識は正しいのでしょうか。私はこの二十年以上、様々な形で日米の物造りの現場に関わってきましたが、少なくとも最近の状況を見る限り、環境はかなり違ってきているように感じます。
ちょっと私の身の回りの例を上げてみましょう。米国の拙宅の隣人は50過ぎの、孫が何人もいるような女性で、損害保険会社の査定を生業にしていますが、自分の住んでいる家(築百年以上の木造家屋)のダイニングルームとリビングルームの内装を、2、3ヶ月かけて、一人だけで改装してエレガントな部屋に仕上げてしまいました。私の友人で、大手化学会社の事業部長を勤めている男性は、木工が趣味で、自宅の広い地下室に木工用の工作機械と塗装用の各種設備を揃えています。広い家の中の調度品や家具のかなりの部分は自分で作ったそうです。また、私はビジネス上の関わりから、ボストンにある大学のある研究室で、学生に特殊な電子回路を作る指導をしているのですが、学生たちは限られた予算の中で使える材料を自分たちで工夫をして装置や工具類を作り上げてしまいます。
アメリカ人にこのような芸当ができるバックグランドの要因のひとつとして大規模なDIY(Do It Yourself)チェーン店の存在があります。Home Depoはその最たるものですが、その巨大な店舗には、物造りのためのありとあらゆる材料、部品、工具類が揃っています。ここに行けば、家一軒を作るのに必要な材料と工具が全て揃っているというのも、あながち誇張ではありません。私も、この店で買った材料で、芝刈り用トラクターを収容する小屋を、ほぼ一人で完成させました。その材料の運搬のためのトラックまで貸してくれます。
一方日本の状況は逆のように見えます。DIYの店はありますが、規模や店舗密度が全く違います。それに今の日本人はあまりに忙しいようで、日曜大工や模型工作のために、DIYの店を訪れる人々は全体としてはマイナーでしょう。私が小学生だった頃の(50年以上前)子供のホビーといえば、男の子ならば模型工作、女の子ならば手芸が主流でした。当時は、ゲーム機はもちろん、テレビも十分普及していませんでしたし、漫画の出版点数もわずかでしたから、子供たちはいくらでも時間があったのです。模型工作といっても、プラモデルではなく、木工です。大まかにカットしてある、木の材料を削ったり、穴を開けたりした上で、接着剤や釘打ちなどで組立、モーター、電池ボックス、スイッチなどを取り付け、電線をはんだ付けしてようやく出来上がりです。凝る子供ならば、さらに塗装までしていました。
子供といえども、このような経験を積んでいれば、電気製品の簡単な故障を修理することもできました。当時の電気製品は故障するのが当たり前で、修理して使い続けることが一般的でした。故障の大部分は回路の断線か真空管の寿命切れでしたから、街の電気屋さんや素人でも修理が可能だったのです。そのため、製品の内側には回路の配線図が貼付けてあったものです。私の父親は決して器用な方ではありませんでしたが、自転車のパンクは自分で修理していました。当時はタイヤの信頼性が低く、道路の舗装率も低かったので、自動車も自転車もよくパンクしました。
別に昔のことを懐かしむノスタルジアでこのような話をしているのではありません。半世紀前に比べて、電気製品の回路は複雑になり、信頼性ははるかに高くなったので、故障しても素人が手を出せるものではなくなっています。それどころか、最近の電気製品は、感電や漏電などの事故が起きないように、素人が開けられない構造になっているのです。こうなると、故障したら、買った店かメーカーにもどすしかありません。しかし、メーカーでの修理といっても、ハードに関しては、モジュールや大型部品の交換が主で、作業者に高い技量が必要なはんだ付け不良の修理などとてもやっていられません。結果として、消費者にとって修理費は高いものになり、新しいものを購入したした方が良くなってしまいます。とりあえず、メーカービジネスにとっては、その方が都合がよいのですが。
高い技術レベルの安全性や信頼性の向上が日本人の技量の劣化を招いたということは、歴史上の皮肉といえるかもしれませんが、まぎれもない事実です。また、IT技術によるヴァーチャルリアリティの急激な広がりが、日本の若者を物造りから遠ざけたという現実もあります。一方、アメリカ人は、全く同じ形ではありませんが、植民開拓時代のクラフトマンシップや創造性を維持向上させています。少なくとも「日本人は器用だから、物造りでは不器用なアメリカ人に勝っている。」という認識は大いなる幻想と言わざるをえません。日本が製造業で、特に物作りの技量を活かした形で世界市場に復活するには、このような現実を見直さなければなりません。もはや事態は一企業の手におえる状況ではなくなっており、国家レベルでの対応が必要です。ただ、個々のメーカーとしては、このような現実を見つめつつ、自社の対応を考えていかなければなりません。国の対策の効果がでるには10年はかかりますから。
DKNリサーチ、沼倉研史(マネージング・ディレクター)
ニュースレターのバックナンバーは次のURLで見る事ができます。 http://www.dknresearchllc.com/DKNRArchive/Newsletter/Archive.html
今週のヘッドライン
1.TrendForce(米国の市場調査会社)12/17
2013年における世界のスマートフォン市場は、前年比24.3%増の8億76百万台に達すると予測。
2.Schweizer Singapore(シンガポールの基板メーカー大手)12/17
日本のメイコー社と共同で、ヴェトナムに基板工場を建設する計画。2013年秋の操業開始で、硬質基板の他にフレキも製造。
3.Pegatron(台湾のOEMメーカー大手)12/17
昨秋から始まったアップル社向けiPadミニの受注が好調。2013年第1四半期の売上げは大幅増を見込む。
4.DIGITIMES(台湾の業界メディア)12/17
好調なタブレットPC、スマートフォン需要に支えられて、2013年における台湾フレキシブル基板産業は20%以上の成長を予測。
5.DisplaySearch(米国の市場調査会社)12/17
2012年におけるOLEDパネルの出荷は1億91百万枚に達する見込み。中小型ディスプレイ市場の8.4%。
6.IPC(米国の基板業界団体)12/24
11月における北米プリント基板業界のB/Bレシオは、前月から0.03下がって0.93に。硬質基板の出荷が予想外の下落。
7.Hon Hai(台湾のEMS最大手)12/28
2013年中に、日本にオプトエレクトロニクス研究センターを開設する計画。初年度の予算は10億ドル。
8.BCC Research(米国の市場調査会社)12/31
世界のエレクトロニクス用化学品と材料の市場は、2012年の220億ドルから、2017年には288億ドルにまで成長すると予測。
9.DIGITIMES(台湾の業界メディア)1/2
台湾のタッチスクリーンメーカーは、第1四半期のグラスタイプとフィルムタイプの売上げが減少すると予測。
10.DIGITIMES(台湾の業界メディア)1/4
台湾の自社ブランドのマザーボードメーカーは、オフシーズンとなる2013年第1四半期は、前期比で5〜10%の売上げ減少を予測。
11.Strategy Analytics(米国の市場調査会社)1/4
2013年における世界のLTE対応スマートフォンの出荷は2億75百万台に達すると予測。
12.Forbes(米国の経済雑誌)1/4
米国の12月のクリスマス商戦におけるコンシューマーエレクトロニクスの売上げは、前年比で7%の減少。
13.Strategy Analytics(米国の市場調査会社)1/4
世界のウルトラHDテレビの出荷は、2016年には1千万台に達すると予測。
14.Apple(米国エレクトロニクス企業大手)1/2
次世代のスマートフォン用プロセッサA6Xの製造委託を、SamSungから台湾のTSMCに移す計画。今四半期中に試作を開始へ。
15.Western Digital(米国のHDDメーカー大手)1/4
HDD内部にヘリウムガスを充填することにより、電力消費量を20%削減できる技術を開発。
16.All Flex(米国のフレキシブル基板メーカー)1/7
プリント基板設計会社のTRI-C Design社から、CAD部門と面付け部門を買収。
17.Queen’s University(カナダ)1/7
IntelやPlastic Logicと協力して、フレキシブルな紙のようなタブレット端末を開発するプロジェクトが進行中。5年以内の実用化をめざす。
18.DisplaySearch(米国の市場調査会社)1/7
2013年におけるタブレットPCの出荷は2億4千万台を越え、ノートブックPCの2億7百万台を上回るものと予測。
19.DIGITIMES(台湾の業界メディア)1/8
台湾の大手銅張積層板メーカーのIteq社とElite Material社は、中国内陸部に新工場を建設する計画。
20.LG Display(韓国のディスプレイメーカー大手)1/7
現在OLEDパネルメーカーとしては業界のトップ。日本の大手テレビメーカーとOLEDパネルの供給の交渉を開始。
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January 13, 2013